2016/03/28

2016年3月28日 - 長面

石巻市長面地区は大震災で地盤が1メートル沈下し、そこに旧長面海水浴場や新北上川からの津波が押し寄せ、一帯の構築物全てを破壊した。しばらくそこは、以前からずっと海だったように水が引かなかったが、140万トンという大量の水をポンプで排出。整地しながら、行方不明の遺体捜索も定期的に行われるようになった。
震災直後は大川小から長面に通じる道路は応急的にできた砂利道で、車の交差ができなかった。その映像が脳裏に残るだけに、かなり整備されてきた。一部では農地に復活させる除塩工事も進んでいる。道路は広くなったが、長面浦が見える付近からはトラックの往来が多く、一般車両が通るのは「場違い」な感じ。あえて車を進めたが、いつ行き止まりになるか不安だった。

長面浦は山に囲まれたようなところで、栄養度の高い水に恵まれ、カキの養殖が盛ん。正月用の雑煮に欠かせない「焼きハゼ」もここが極上品。尾﨑橋付近から思い出の多い「長面海水浴場」に向け、工事車両専用道路のような道を走った。「時速10キロ制限」の表示があり、すれ違う車両の大半はダンプカーだった。

新北上川に建設中の高さ5-6㍍はありそうな堤防の前に車を止め、出来上がった堤防の上を歩き、河口を目指した。しかし、河口からの風が強く、進むには多少の身の危険を感じて途中でストップ。河口から右手にコンクリートの壁が見えた。工事関係者によると、「砂浜はゼロ」。海水浴場はもう10年も前から砂浜が消えて機能を失っていたことは知っていたが、「地震で復活」という奇跡は起きなかった。松林もなくなり、かつての面影すらも消し去っていた。

大川小から近いところに、龍谷院というお寺がある。震災時に大勢の避難民が寺に立ち寄り裏山に逃げたという。そこに建つ慰霊碑には次のように刻まれていた。


「風光明媚な松原海岸や百年以上の松枝十万本と住宅地、農地全てが濁流に一気に呑み込まれた。長面地区145戸の家屋も瓦礫と化し、壊滅状態になり、住民108人の尊い生命が奪われた。生かされた我々は『地震が起きたら津波の襲来』を教訓に、速やかに高台に避難することが命を守る道であることを、後世に伝えたい」


陸前高田の一本の松があった松原は7万本。碑文に刻まれた長面の松原は10万本。その1本も見当たらなかった。


写真は地盤沈下した長面地区には、まだ水たまりが残る。震災から1年のころは水田地帯が海で、その上に廃墟の家が残り「水上都市」のようにも。豊かな海「長面浦」。新北上川の河口を望む2枚。築堤工事が盛んで、旧長面海水浴場の面影はない。









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